鈴木邦男の本について   

2011年 10月 10日

面白い本を書く人だと思うが、思考が柔軟過ぎるが故に、両極端なことを言う人だという前提で読むべきだと思う。


http://uyoku33.ninja-web.net/
一水会は20年ほど前、「国を倒す」ために共産主義団体(中核派)に協力を呼びかけていました。
新右翼を自称する「一水会」の鈴木邦男氏
エセ右翼の問題を全く言及せず
反日思想家の「辛淑玉」と親交を持ち、
在日朝鮮人への選挙権に賛成し、著書で保守化を
憂慮する内容を記述している、自称右翼
保守派(愛国者)は、「国を倒そう」などとは言わない


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E9%82%A6%E7%94%B7
一水会結成当初の鈴木の活動は、現在のような左右を越えた前向きな活動ではなく、暴力的な行動右翼そのものであった。当時進歩的文化人と呼ばれていた著名人へ、片っ端から仲間たちと電話をかけて「殺すぞ」と脅迫したり、自衛隊の駐屯地でストリップが行われると聞けば、街宣車で門扉に突入する等の過激な活動も行っている。ただ井上ひさし宅に脅迫電話を行なったところ、歴代天皇の名を暗誦されるなどして「返り討ち」に遭い、奇縁ができたというエピソードもある[2]。

一方、「左右を弁別せざる」として竹中労、牧田吉明、塩見孝也ら左翼、アナキストとも交流し、たとえ反対陣営に対しても、学べること、共闘できることを模索した(これは戦前の右翼運動の老壮会や猷存社に学んだというが、かなり形態は異なっている)。

また、昭和60年前後には、現在は廃刊となった『朝日ジャーナル』に真面目な政治論文を度々執筆し、これに刺激されて多くの人々が一水会の運動へ参画した。この後次第に鈴木の文章は現在に近い形へと変化していく。

平成になる頃から、かつてテロを公然と肯定していた鈴木は、テロ否定論者に変わり、「極右や極左に言論活動の場を与えればテロはなくなる」と主張した。これに対し、当時一水会を実質的に指導していた木村三浩(統一戦線義勇軍初代議長)は、テロを肯定していたが、組織内に大きな混乱、対立は起こらなかった。

冷戦終結後の鈴木は、「宿敵・左翼の崩壊を危惧する」、「左右の超越を訴える」など既成右翼とは違った主張を展開している。国旗・国歌、愛国心等の諸問題についても、論敵である左翼あるいは身内である右翼に対する皮肉・揶揄をこめて、左寄りと受け取られかねない発言や、実際に左翼組織との付き合いや賛同人を務めるなど、「似非右翼」「右翼の皮を被った左翼」などの批判も聞かれる(一水会代表辞任の一因でもある)。
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by seikouudokunohito | 2011-10-10 15:14 | 読書案内 | Comments(0)

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