ロックフェラーの完全支配 マネートラスト(金融詐欺)編   

2019年 01月 31日

ロックフェラーの完全支配 マネートラスト(金融詐欺)編/ウイリアム・イングドール著/為清勝彦訳/徳間書店/2011

アメリカという国が、世界の金融支配するために、ある時はドル防衛のために、ある時は金融覇権維持のために都度、続けてきた悪事の詳細について書いてある、珍しい本。

第14章の表紙には、あるコメントが紹介されている。

「大英帝国だけでなく歴史上のどんな帝国よりも、米国が遥かに上手だったことが良く分かった。我々は人類史上最も偉大な詐欺を成し遂げたんだね」米国が国際収支の赤字を利用して他国を搾取してきた方法について説明を受けたときのハーマン・カーン(ハドソン研究所)のコメント(1971年)

我々は、アメリカという国の正体について気づくべきだろうと言う事である。


# by seikouudokunohito | 2019-01-31 13:20 | 書評 金融経済 | Comments(0)

誰が第二次大戦を起こしたのか  フーバー大統領」「裏切られた自由」を読み解く   

2019年 01月 30日

誰が第二次大戦を起こしたのか  フーバー大統領」「裏切られた自由」を読み解く/渡辺惣樹/草思社/2017



フーバーの「裏切られた自由」から歴史上重要な箇所について、アメリカ史の在野の専門家渡辺惣樹が、分析、解説した好著。

カイロ会談、ヤルタ会談について書かれた箇所は一読すべき価値と、後に続く、歴史研究者に対し手がかりを残している。
今後、引用機会が増えそうな歴史書であるという点において、史料価値があると思う。


# by seikouudokunohito | 2019-01-30 11:25 | 書評 歴史 | Comments(0)

ロックフェラーの完全支配 ジオポリテイクス(石油・戦争)編   

2019年 01月 30日

ロックフェラーの完全支配 ジオポリテイクス(石油・戦争)編/ウイリアム・イングドール著/為清勝彦訳/徳間書店/2011

ロックフェラーとその取り巻きが企んだ、石油取引、過去の戦争に係わるシナリオが記された、貴重な本。
この本に書かれているシナリオなら、読んでいて違和感がほとんどない。
石油ショックの箇所の説明は、凄いの一言。
今までこの種の本がなかったのが不思議なくらいである。

その点において、日本においては報道されていないことだが、本書発刊時、ロックフェラーは支配者としての力を失ったということを意味しているのかもしれない。



# by seikouudokunohito | 2019-01-30 11:17 | 書評 政治 | Comments(0)

日本国紀の書評   

2019年 01月 29日

著者の歴史観として、考えていることがずれているとか、すべて間違っているとは思いませんが、歴史書としては、既に出版されている歴史書の劣化版という評価でいいように思います。著者は、何冊か歴史書を出してから、通史を書くべきだった。


【池田信夫氏】『日本国紀』を痛烈に面罵。「かなりお粗末」「おもしろくなかった」「無味乾燥で、オリジナリティがない」
http://trendmtm.com/archives/42733


その点において、著者の歴史に対する態度は軽率と思います。タイトルを「小説日本国史」とすれば批判は避けられたでしょう。小説家なのですから、得意の小説の手法で書けばいい。
歴史家だと言うなら、作法は変わる。それを著者は理解できていないということです。

# by seikouudokunohito | 2019-01-29 17:35 | 悪書 | Comments(0)

第二次世界大戦アメリカの敗北 米国を操ったソビエトスパイ   

2019年 01月 10日

第二次世界大戦アメリカの敗北 米国を操ったソビエトスパイ/渡辺惣樹/文春新書/2018

アメリカで発掘した資料の翻訳が主だが、フランクリン・ルーズベルト大統領が、イギリスの覇権を奪取しアメリカが覇権国となる目的で、イギリスとドイツを戦争で疲弊させる目的で第二次世界大戦が考案されたのではないか、とする中西輝政の仮説が紹介されている。
だとすると、満州事変、上海事変、日華事変なども日本と中国を戦争させ疲弊させる目的だった可能性がある。真珠湾攻撃は、アメリカが参戦、日本に原爆投下する目的であったのかもしれない。

戦争は起きるべくして起きたというよりは、デザインされた結果実施に至ったと考えるべきなのかもしれない。


# by seikouudokunohito | 2019-01-10 11:31 | 書評 歴史 | Comments(0)

超一流の謝り方   

2019年 01月 06日

超一流の謝り方/千田琢哉/総合法令/2016


冒頭に書いてある4行は衝撃的である。

出世するということは、謝るということなのだ。
出世するということは、頭を下げる機会が増えるということなのだ。
偉くなるということは、謝るということなのだ。
偉くなるということは、頭を下げる機会が増えるということなのだ。

誤り下手で苦労されているビジネス戦士を救済するかもしれない本であると思う。


# by seikouudokunohito | 2019-01-06 10:11 | 書評 ビジネス | Comments(0)

不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか   

2019年 01月 03日

不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか/鴻上尚史/講談社現代新書/2017

この本は、戦史ものの本に準拠するとしながら、史実についての確認が十分ではなさそうである。
作者は歴史学的に文献価値のない本を出してしまったため、病床にてインタビューを受けた佐々木さんの苦労は、この書きぶりでは報われない。
作者は、特攻が無駄死にであると人々に流布したかったようだとの視点で読まれることをお薦めする。


https://www.amazon.co.jp/不死身の特攻兵-軍神はなぜ上官に反抗したか-講談社現代新書-鴻上-尚史/product-reviews/4062884518/ref=cm_cr_dp_d_hist_1?ie=UTF8&filterByStar=one_star&reviewerType=all_reviews#reviews-filter-bar

5つ星のうち1.0
特攻に対する事実誤認の集大成本2018年11月24日
形式: 新書

鴻上氏は多才な才能を発揮して、各分野で絶大な実績を残されており、私も尊敬しております。
従ってこの本が鴻上氏の名声もあって、高く評価されて、ベストセラーになったことも十分に理解できます。

しかしながら、この本を信じて高く評価されている皆さんや、そして鴻上氏自身も、もっと物を多角的に見ることはできないのか?とか、もっと自分自身で真実を探求しようと考えないのか?という疑問を感じております。

というのも、この本は、主題の佐々木氏への取材はいいとしても、その取材に基づいた特攻に対する評価があまりにも浅薄で事実誤認があるからです。

そうなった原因は、鴻上氏が、この手の浅い特攻叩き本に出典として愛用されている小沢 郁郎氏著『つらい真実―虚構の特攻隊神話』の記述を妄信してしまい、事実誤認の「特攻像」を前提にしてこの本を書いてしまっているからです。

この本のレビューもしましたが、この本は初版が1978年という時代もあり、当然ネットもなく、現在よりは外国の資料の調査が困難な中で、十分なアメリカ軍の資料を収集できず、その不十分な資料を小沢氏が自分の政治思想に基づく偏った引用と加工をしており、かなり不正確なものとなっています。

例えば鴻上氏も引用していますが(鴻上氏は小沢氏の引用を「米国の記録」と誤解して書いているが、小沢氏の引用は日本軍の戦果報告)、通常攻撃の有効率と特攻の有効率を比較し、小沢氏の「軍事的効率を高くは評価できない」という分析を鵜呑みにしていますが、実際の『米軍の記録』は日本軍の戦果報告とはかけ離れていました。
●真珠湾攻撃日本軍主張の急降下爆撃命中率49.2%に対し、第二次攻撃隊の急降下爆撃隊99艦爆78機が艦船攻撃を行い、アメリカの被害報告による250㎏爆弾の命中弾は合計で12発、出撃機数から算出した全体での命中率は15.3%、航行中の戦艦ネヴァダには23機が攻撃して命中5発、命中率21.7%
●インド洋海戦(セイロン沖海戦) 2隻の重巡洋艦(コンウォール・ドーセットシャー)命中弾 日本側主張46発(88%)→イギリス軍被害報告18発(34%)
●珊瑚海海戦 レキシントン命中弾 日本側主張10発(53%)→アメリカ被害報告2発(10.6%) ヨークタウン命中弾 日本側主張9発(63%)→アメリカ側1発(7%)

と日本側の華々しい主張とは大きくかけ離れていましたが、これは小沢氏が特攻の戦果を調査した際に参照したアメリカ軍の資料にも載っているはずなんで、自分の珍説に都合がいいデータを使い分けていると思われます。
この本の中で旧日本海軍や海軍高級軍人らを「矮小で卑劣な」嘘つきや「昭和天皇制軍隊の恥部」や「醜悪」などと散々罵倒しときながら、その海軍や高級軍人らが主張していたありもしない過大戦果報告を引用するなんて、都合よすぎだろとしか思えません。

小沢氏は急降下爆撃の命中率は日本軍の戦果報告を鵜呑みにしているのに対して、特攻の命中率(有効率)に関しては、「戦果確認機の報告はあっても不確実を極めたから」という理由で、アメリカ側の「アメリカ海軍作戦年誌」「キング(アメリカ海軍作戦部長)報告書」「ニミッツ戦記」などから引用したデータを、難解な独自ルールで加工して提示しています。

鴻上氏は小沢氏の“独自ルール”で算出した特攻の低い命中率と日本軍主張の過大な命中率を比較し、特攻の命中率は大したことないとするこの小沢氏の珍論に誘導されてしまっています。
言うまでもないことですが、特攻の命中率をアメリカ側の資料(を元にした小沢氏主張のデータ)で検証するなら、当然に通常攻撃の命中率もアメリカの資料で比較しないと公平で客観的な比較ができないでしょう。

こんな比較しようのないデータでの比較ではなくて、アメリカ軍が公式記録として、公式の戦闘記録や被害報告を元にして、特攻と通常攻撃の有効性の比較をしっかりとまとめております。(アメリカ合衆国海軍司令部. Anti-Suicide Action Summary August 1945 アメリカ海軍公式HPで閲覧可能)
フィリピン戦以降で特攻が開始された1944年10月以降沖縄戦初期の1945年4月までのデータとはなりますが、米軍艦艇の視界内に入った通常攻撃機は2152機内有効攻撃58機(有効率2.7%)特攻は784機内有効攻撃216機(同27%)と有効率は特攻が通常攻撃の10倍でした。
さらに1発(1機)の命中弾をアメリカ艦艇に与えるために失われる攻撃機の数は、特攻3.6機に対して通常攻撃は6.1機と倍近い損失率となっていますので、特攻よりも通常攻撃の方が危険だったという皮肉な結果となっています。

小沢氏の独自見解の有効率も、不完全ながらアメリカ軍の公式資料が元のデータを加工したものですから、客観性を期すなら、このように同じ時期(大戦後半期)で同じ基準(アメリカ軍の公式資料)の数値を、加工しないか、同じ基準で加工して検証しないと、比較分析のしようがありません。
そういう意味では、小沢氏の特攻不効率説はデータ選択の時点で既に破綻してしまってると言えます。
なぜ、鴻上氏やその他この本を引用する方々は、自分で徹底的な調査をしようとせずに、このような古臭くて不正確な本をありがたがるのか本当に理解に苦しみます。
目の前にあるPCかタブレットかスマホで『kamikeze』とでも検索すれば、この本の数万倍も正確で詳細な情報が得られるこのご時世で、その努力も怠って、絶版本の記述を妄信しているのは手抜き以外のなにものでもないと思います。

鴻上氏は、小沢氏の特攻に対する評価や分析を鵜呑みにして、舌鋒鋭く「もはや、冷静に現実を見る能力をなくしたといっても過言ではない」と日本軍と特攻を罵倒していますが、しかし、小沢氏の知識不足による誤認がどうであろうが、特攻による損傷艦が膨大な数に上ったアメリカ側が小沢氏が言う所の「雑兵のかすり傷」と余裕綽々どころか逆に追い込まれており、この傾向がアメリカ海軍が史上最悪の損害を被った沖縄戦がピークとなったことは、アメリカ軍の記録やアメリカ高級軍人の伝記等を読めばわかることで、そのごく一例を挙げると
「44ヵ月続いた戦争のわずか10ヵ月の間にアメリカ軍全損傷艦船の48.1% 全沈没艦船の21.3%が特攻機(自殺航空機)による成果であった」
「アメリカが(特攻により)被った実際の被害は深刻であり、極めて憂慮すべき事態となった」
「日本が(特攻で)より大きな打撃力で集中的な攻撃を持続し得たなら、我々の戦略計画を撤回若しくは変更させ得たかもしれない」
「日本人によって開発された唯一の、最も効果的な航空兵器は特攻機(自殺航空機)であり、戦争末期数か月に日本全軍航空隊によって、連合軍艦船に対し広範囲に渡って使用された。」
「十分な訓練も受けていないパイロットが旧式機を操縦しても、集団特攻攻撃が水上艦艇にとって非常に危険であることが沖縄戦で証明された。」
(以上アメリカ戦略爆撃調査団報告書)
「沖縄戦は攻撃側にもまことに高価なものであった・・・艦隊における死傷者の大部分は日本機、主として特攻により生じたものである」(太平洋艦隊司令ニミッツ元帥)
「沖縄に対する作戦計画を作成していたとき、日本軍の特攻機がこのような大きな脅威になろうとは誰も考えていなかった。」(第5艦隊司令スプルーアンス大将)
「大部分が特攻機から成る日本軍の攻撃で、アメリカ側は艦船の沈没36隻、破壊368隻、飛行機の喪失800機の損害を出した。これらの数字は、南太平洋艦隊がメルボルンから東京までの間に出したアメリカ側の損害の総計を超えている」(連合軍最高司令官マッカーサー元帥)
「日本軍は特攻機という恐るべき兵器を開発した。日本航空部隊がその消耗に耐えられる限り、アメリカ海軍が日本に近づくにつれて大損害を予期せねばならない。」(第76水陸両用部隊司令官ダニエル・バーベイ中将)
「(沖縄戦で)艦船90隻が撃沈され、または甚大な損害を受けた。この作戦は、大戦の全期間を通じ、もっとも高価についた海軍作戦となった」(アメリカ史海軍史の第一人者サミュエル・モリソン少将)
他多数
まさか、戦争当時に特攻と対峙した正確なデータに基づくアメリカ軍公式やその高官の分析や評価より、10代で高等商船学校より予備学生で軍務について実戦経験はない小沢氏の、不正確な情報に基づく分析や評価の方が正確ということが有りうるか?は賢明な鴻上氏ならご判断できるのではと思います。

なんでアメリカ側の特攻に対する評価がこれほど高いのか?については上述の通り、圧倒的に高い(大戦序盤の熟練搭乗員による急降下爆撃の命中率を凌ぐ)有効性もですが、何より人命優先のお国柄ですから、「雑兵のかすり傷」にもつきものの人的損失が膨大に及んだためです。
20,000名~45,000名(諸説あり)にも及んだ特攻による死傷者にアメリカ軍は非常に頭を悩ませ、死傷防止のハウツービデオ(ニュース映画)を作ってみたり必死に対策を講じましたが(United States Navy ACTION REPORT FILM CONFIDENTIAL『Combating suicide plane attacks』)、それでも死傷者は増え続けました。

このように、いろんな(特にアメリカ側)の資料も参照すれば、特攻がいかに有効でいかに米軍に恐れられたか、聡明な鴻上氏なら理解できると思うのですが、残念ながら小沢氏の主観を鵜呑みにされています。

そして、この手の特攻叩き本でお約束の、撃沈したのは防御力の弱い小型艦のみだから、特攻は大したことないという評価も当然のごとく書かれています。

意外なことですが、「全軍特攻」を唱えていた日本軍でしたが、大戦末期ですら特攻機より多数の通常攻撃機を繰り出してます。(沖縄戦では海軍のみでも特攻延1,868機に対し戦闘機を除く通常攻撃機延3,747機)
しかし、特攻が開始された1944年10月以降で、特攻以外の航空攻撃で撃沈できた艦船はわずか8隻(航空特攻53隻)、沖縄戦に至っては0隻(航空特攻29隻)と惨澹たる結果で、大戦後半で強化されたアメリカ艦船を撃沈することがいかに困難だったかの検証がまったくなされてません。ちゃんと検証すれば、大戦末期で近づくことさえ困難になったアメリカ軍艦隊を撃沈できる、ほぼ唯一の手段が特攻であったことが判るはずです。

それに主力艦が特攻で深刻なダメージを受けて次々と戦線離脱するのは、米軍の公式記録や、フォレスタル・ニミッツ・スプルーアンス・ハルゼーといった米海軍高官の回想等を見ても、作戦に大きな支障を与えており、特攻の大きな成果であった事がわかります。
例えば、フィリピン戦で特攻による空母の戦線離脱が相次いだため、1944年中に計画されていた高速空母隊による初の東京への本格的な空襲が中止に追い込まれ、沖縄戦では特攻によるアメリカ軍艦隊の損害があまりにも大きかったため、艦隊司令スプルーアンスの懇願により1945年4月~5月にかけて都市の無差別爆撃が中止され、延べ2000機のB-29は特攻基地への戦術爆撃に回され、この間2か月弱、日本の主要都市はB-29の無差別爆撃の被害がかなり軽減されています。
これは、第二次世界大戦における、アメリカ軍最上級の報告書であるUnited States Strategic Bombing Survey Summary Report (Pacific War)にも「約2000機のB-29爆撃機の出撃は日本の都市並びに工場施設の直接攻撃から九州の神風特攻隊基地への攻撃に変換させられた」と記述されているれっきとした史実です。
これらも特攻による戦略的・戦術的な効果ですが、この手の本では確実に無視されます。

それに艦が深刻な損傷を被れば、当然に大きな人的損失が伴い修理の為の莫大なコストもかかります。
沖縄戦で、ある米軍従軍記者(ピューリッツァー賞受賞記者ハンソン・ボールドウィン)が、「損傷艦が多すぎて太平洋が渋滞している」と嘆いていたぐらい膨大な艦船が長期に渡り沖縄戦の戦場から離脱し、その分戦力は減少しているのですから、それも特攻の大きな効果と言え、上述のようにアメリカ軍もそう評価していました。

この本もそうですが、特攻を叩く際には、その戦果に難癖をつける為、特攻が仕留めた護衛空母3隻を防御力が弱くて撃沈しやすいと言う恣意的な誘導がされます。
しかしながら、アメリカ軍が大戦中に失った護衛空母はたった6隻(内太平洋戦域5隻)、サマール沖海戦では護衛空母カリニン・ベイが20発以上の戦艦や重巡の巨砲を浴びましたが致命的な損傷には至らずその後も任務を継続し、護衛空母ホワイト・プレーンズは日本軍重巡鳥海と撃ち合って、逆に鳥海を大破させるなど非常な難敵で、日独軍が航空通常攻撃で撃沈した護衛空母は0(特攻3隻 潜水艦2隻 水上戦1隻)であり、正規空母と比較すれば脆弱だっただけで、撃沈困難な難敵であったことには変わりなく、逆に特攻がよく仕留めたという評価ができると思います。

「大型艦の撃沈ができなかったから特攻はショボい」という日本で何十年にも渡って使い古された、軍事的視点絶無で事実誤認の特攻叩きのロジックは、この情報化時代でいい加減もう止めてもいいんじゃないんでしょうか?

さらに「士官学校卒のエリートは温存されて特攻にはあまりいかなかった」というこれまたお約束の指摘もあっています。その根拠が、特攻で戦死した航空士官のなかで、学生出身の予備士官の割合が80%に達していたからというものですが、これは特攻開始当時の日本軍の状況を無視しています。それまでの激戦で士官学校卒の航空士官が大量に戦死して、その穴埋めとして採用されたのが学徒動員で徴兵された予備士官であって、1945年4月(沖縄戦開始時点)では航空士官内の予備士官比率82.4%、これが終戦時点では89.4%に跳ね上がっており、航空士官の特攻戦死者の士官学校卒士官と予備士官の割合は、その時点の全体での士官学校卒と予備士官の構成率であったに過ぎません。

それに、温存するにも、士官学校卒のエリート航空士官自体が既に枯渇しており、例えば、海軍兵学校第67期卒業生の86名の航空士官のなかで66名死亡で死亡率76.6%、特に戦闘機に搭乗した士官は16名のうちで生存者はたった1名、艦上爆撃機搭乗の士官の13名に至っては全員死亡しており、温存なんて全くできていないのがわかるでしょう。この通り、海兵学校卒のエリート航空士官の多くは常に最前線で戦い、殆どが亡くなっていたわけで、この本でいうような「学生出身を差別していた」というのは、日本海軍伝統の指揮官先頭・率先垂範を実践して亡くなった多くの海兵学校卒の士官に失礼だと考えます。

そしてトドメが、この本の記述内容に基づいた「しかも命令した上官は、米軍が迫ると台湾に逃げ出す始末。これが戦争の現実、日本軍の真実だ。」というこの本への推薦文です。
まぁこれは、第4航空軍司令冨永恭次中将のことを指しているんでしょうが、佐々木氏の上官に当たる人物の陸軍航空隊で特攻に関連した人物58名が終戦直後に自決したことを、鴻上氏やこの記述を信じる人たちは知っているのでしょうか?
そのなかで、まさに佐々木氏に特攻を命じた上官そのものの、第4航空軍参謀長であった隈部正美少将は、終戦直後に、冨永中将を十分に補佐できなかったことを悔いて、家族全員を射殺したのちに自らも自決し、佐々木氏らが搭乗した99式双発爆撃機を特攻仕様に改造する指揮をとった航空総軍兵器本部の小林巌大佐は手榴弾で自爆するなど、壮絶な最期を遂げてます。

この通り逃げた人もいれば、自ら特攻したり責任を感じて自決した人もいるのですから、冨永中将の逃亡という事象だけで「日本軍の真実だ」とする断定は乱暴すぎるでしょう。
特定の人物を取り上げて、それをある集団の特徴みたいに断言するのは、「早まった一般化」や「過剰一般化」という詭弁もしくは誤謬ですが、日本軍叩きでは往々にこの詭弁がまかり通っていることに違和感を感じます。

それに、冨永中将については、この本の主人公佐々木氏は、鴻上氏のインタビューに答えて、冨永中将に悪い印象はない、握手もしていると答えているのに、そのあとも、わざわざ否定的な発言をさせようと誘導尋問じみた質問をしているのは、戦い終わって誰も恨んでいない潔い佐々木氏に対して失礼ではないかと正直読んでいて不快感を覚えました。

と話は少し脱線しましたが、確かに鴻上氏らが指摘するように、特攻は絶対的に正当化したり称賛すべきようなことではないでしょう。その結論については、そう反対する人はいないと思います。
とは言え、特攻隊員らと一緒に誇り高く戦い抜いた佐々木氏を取り上げた本で、一方的な記述で佐々木氏の戦友であった特攻隊員らを不当に『無駄死』扱いするのはいかがなものでしょうか?それが体調もすぐれないなかで、鴻上氏の取材に何度も応じた佐々木氏の本意であったのかは疑問を感じます。

こんな酷い作戦を命じた旧日本軍への批判と共に、軍から非道な扱いを受けながらも、連合軍に大打撃を与え、一矢を報いて誇り高く亡くなっていった特攻隊員を純粋に軍事面から分析してみるなど、多面的に評価に評価してもいいんじゃないかと私は思います。

鴻上氏のような聡明で影響力多大な人物がこのような本を出版することは、真実の特攻像への検証の妨げにしかならないと感じますので、評価は最低とさせていただきます。


# by seikouudokunohito | 2019-01-03 11:28 | 書評 軍事 | Comments(0)

慎思録 現代語訳   

2018年 12月 28日

慎思録 現代語訳/貝原益軒/伊藤友信訳/講談社学術文庫/1996

既に絶版であり、古書でしか入手できないが、内容的には、学問研究する立場でのものの見方、心構えについて書かれている。
全般的に、読者に対し戒めるような強い調子ではなく、淡々とした書きぶりである。
本居宣長もこの種の本を出していたと記憶するが、内容的には、ひけをとらない。
このような優れた修養書が埋もれてしまうことに私は納得がいかない。


# by seikouudokunohito | 2018-12-28 10:17 | 書評 哲学 | Comments(0)