吉本隆明はどうスゴいのか   

2012年 03月 16日

吉本隆明がどう凄いのか、以下の原稿から理解できると思います。





http://media.excite.co.jp/book/news/topics/117/p01.html

吉本隆明はどうスゴいのか

吉本隆明はどんな思想家で、どうスゴいのか。たとえば、イラスト仕立ての入門書として定評のあるFOR BEGINNERSシリーズの『吉本隆明 FOR BEGINNERS』ではこんなふうに紹介をしています。


吉本隆明っていったいどんな人なのだ?と聞かれたら、思わずスゴイ人なのだ!と答えてしまう。とにかく「戦後思想界の巨人」と呼ばれている人物なのである。しかし、詩人でもある。しかし、文芸批評家でもある。
文学、芸術はもとより政治から自然科学、社会科学、宗教、その他あらゆる学問への学識も深い。(中略)そして、スマートボウルはプロ級の腕であった。
『吉本隆明 FOR BEGINNERS』吉田 和明著、秋山孝イラスト/現代書館


とまあ、とにかく吉本隆明は守備範囲が広い。そして、彼はずっと在野の知識人として活動、大学の教壇に立ったことはありません。その研究はすべて独学、それでいて数々の分野で専門家でもかなわない著作を発表し続けてきたことが、さらに「巨人」ぶりを際立たせています。

そういった個々の著作の水準もさることながら、このマルチな思想家は、右だろうが左だろうがダメな思想はバッタバッタと切り捨てる、無敵の論争家としても戦後のチャンピオンです。

彼は反権力の思想家でありながら、同じように反権力を謳う左翼をバッサリと斬りました。たとえば、1960年の安保闘争は、数百万人が国会を取り囲む、日本史上最大級のデモ、「革命だ! 人民の解放だ!」という左翼も空前の盛りあがりを見せました。この左翼シーンの中心をになったのは、共産党ではなく、のちに「新左翼」と呼ばれることになる非共産党系の運動組織ですが、ここらへんはややこしいので割愛。

結果だけをいうと、安保闘争は盛り上がりましたけど、そのテンションは長続きせず、当然革命にもなりません。時間がたつにつれ、運動規模も縮小。新左翼グループは、これを「前衛的な革命指導部がないから、うまくいかなかった」と捉えるわけですが、これを吉本隆明はバッサリ斬りました。その理屈について、橋爪大三郎は『永遠の吉本隆明』のなかでこんなふうに説明しています。


 吉本さんは、こういう状況のなかで、問題はそこにはないと言ったのです。
 大衆的な高揚を、前衛的な革命組織が指導する、という構図そのものが間違ってる。この構図は必ず権力を必要とし、その権力は自己正当化をはかるので、スターリン主義になるに決まっている。
『永遠の吉本隆明』橋爪大三郎/新書y



要するに、どんな形であれ、組織をつくって人々を動員するようなやり方はダメなんだ、それは結局、誰かが権力を握って、人々の自由を圧殺し、人間を手駒のように扱うスターリン主義になるだけだ――と一刀両断したわけです。

こうしたメッセージが(現在、団塊世代にあたる)インテリ青年たちに及ぼした影響は計り知れないものがあります。橋爪大三郎は、「万能の批判意識」を手にしたこと、「まったくの無能力の状態」に陥ることの2点を挙げつつ、団塊世代が「給料は高いのに戦力にならず、ブーブー文句を言うばかりで、邪魔にされている」というのも、吉本隆明の影響力の帰結だと言ってますから、いやはやすごいもんです。

吉本隆明が当時のインテリ青年たちに与えてしまった「万能の批判意識」は、相対主義とも通低しています。とすると、その後に登場する現代思想やニューアカブームを受け入れる下地は、吉本隆明によって用意されたといっても過言ではありません。


これも読んでおきたい!


『「反核」異論』吉本隆明/深夜叢書社
反核を唱えるなら、アメリカとソ連両方を名指しで批判することしかありえないという吉本隆明の主張は、いまからすれば正論そのものだが、当時の反核賛成派の知識人はこぞってアメリカの核兵器だけを批判していた。そういった大勢の文学者、知識人が参加した「文学者の反核声明」に対して、その反核運動がソ連発のものであることを見抜き、欺瞞だらけの反核運動を徹底批判した熱すぎる1冊。


名フレーズ
「今回盛上ったソ連製『反核』の基本的性格を見透し、その死の姿がどうなるかを指摘し、その理念を批判して、思想的に死ななかったのは、おれたちだけじゃないか」



http://media.excite.co.jp/book/news/topics/117/p02.html

共同幻想論のインパクト


『共同幻想論』吉本隆明/角川文庫


『次の時代のための吉本隆明の読み方』村瀬学/洋泉社

齢82歳となった現在までに、吉本隆明が書き上げてきた膨大な著作群のなかで、「この1冊」を挙げるとしたら、おそらく『共同幻想論』ということになると思います。初めに断っておきますと、この本は恐ろしく晦渋で、購入した人のなかで完読率は5%以下であることは間違いありません。かくいう私も、全部読んでません。その読みづらさは、おそらく本書が『古事記』と『遠野物語』の2冊に拠って論を進めていることに原因があります。要するに『古事記』を読んでないと、『共同幻想論』は意味不明なのです。

では、そんな本がどうしてまた吉本隆明の代表作なのでしょう。ミもフタもなく言ってしまえば、ネーミングの勝利です。吉本隆明のいう「幻想」とは、簡単にいえば「観念」のことですが、この本を「共同観念論」と名づけていたら、特に斬新な印象は与えなかったはずです。人間のもつ観念の領域を「幻想」と呼び、その水準によって「自己幻想」「対幻想」「共同幻想」という三つのネーミングを付したこと、この卓抜なネーミングによって『共同幻想論』は不朽の名著として認知されることになりました。

なんだか名前だけをほめているような感じですが、『共同幻想論』は内容的にも画期的であったことはもちろんです。非常に大雑把にいってしまうと、マルクス主義は、上部構造(観念の領域)は下部構造(経済の領域)と連動、反映していると考えました。これに対して、観念の領域はそれ自体独立しているのだと考えたのが『共同幻想論』です。

こんな言い方ではおそらくよくわからないと思いますので、『共同幻想論』に興味をもたれた人は、村瀬学の『次の時代のための吉本隆明の読み方』をオススメします。『共同幻想論』を読むときにつまずく『古事記』の話にスポットをあて、なぜ『共同幻想論』に『古事記』が必要なのかということを見事に説明しています。その核心の部分を引用しておきましょう。


かつてのロシア・マルクス主義に翻弄され、その後、アメリカからのモダニズムに翻弄されていた日本の知識人は、結局こういう日本の伝統のようなものを軽く見過ぎていたから、そんな外国の思想ばかりを追いかける知識人になっていったんじゃないか。吉本さんが『共同幻想論』であえて『古事記』を選んでいかれた背景には、そういう知識人の批判があったのは確かと思われます。


これも読んでおきたい!


『思想の危険について』田川健三/インパクト出版会
吉本隆明を批判的に論じた本のなかで、読むに値する数少ない1冊。親鸞論と共同幻想論の二つを中心に、吉本思想のゆがみを摘出している。『共同幻想論』については、「国家がどのようにして成立したか、という最初のところを説明すれば、それで国家というものそのものの(つまり主として現代における国家の)本質が説明できた、と思い込んでしまう」と厳しいコメント。しかし、その議論は非常に丁寧で、本書によって吉本思想の理解が深まることもたしかだ。




http://media.excite.co.jp/book/news/topics/117/p03.html



最強にして最大の言葉

吉本隆明はなぜスゴイのか――これを体感するには、何よりも吉本隆明の言葉に触れてみるのが一番。そこでオススメしたいのは、勢古浩爾の『生きていくのに大切な言葉 吉本隆明74語』。

勢古浩爾といえば、竹田青嗣、柄谷行人、蓮實重彦、大澤真幸、福田和也、中島義道、池田晶子、副島隆彦など、錚々たる顔ぶれをメッタ斬りにした『思想なんかいらない生活』なんて本を書き、文字通り「思想なんか自分の人生には関係ない」と言い放っている人ですが、そのアンチ「思想」な勢古氏にとっても、吉本隆明だけは別格のようで、「吉本隆明の言葉には人生の大切な意味がつまっている」「ウソがない」と信頼度100%の太鼓判。その彼が「吉本隆明の生活思想の第一原則。最強にして最大の言葉」として紹介しているのが次の二つの言葉です。


結婚して子供を生み、そして子供に背かれ、老いてくたばって死ぬ、そういう生活者をもしも想定できるならば、そういう生活の仕方をして生涯を終える者が、いちばん価値ある存在なんだ(「自己とはなにか」『敗北の構造』弓立社 201頁)
『生きていくのに大切な言葉 吉本隆明74語』勢古浩爾/二見書房




市井に生まれ、そだち、生活し、老いて死ぬといった生涯をくりかえした無数の人物は、千年に一度しかこの世にあらわれない人物の価値とまったく同じである。(カール・マルクス」『吉本隆明著作集12』勁草書房 145頁)

これらのフレーズから、吉本隆明は一貫して庶民・大衆の味方であることがおわかりでしょう。この1点において、吉本思想にはまったくブレがありません。常人には理解できないメチャクチャ難解な本を何冊も書きながら、その根底には、庶民の平凡な人生への大いなる肯定が貫かれている。これこそ吉本隆明が読まれ、愛されたゆえんです。

勢古氏曰く、先にあげたふたつの言葉さえもっていれば、「人生の基本をほぼ動揺することなく生きていくことができる」「思想家吉本隆明の根本を押さえた、とおもっていい」とのこと。意外にもあまり指摘されていないことですが、吉本隆明が長きに渡って人気を得てきた理由は、勢古氏のいうように人生論としても使えることが大きかったのではないでしょうか。


これも読んでおきたい!


『悪人正機』吉本隆明 糸井重里/新潮文庫
インタビューの名手でもある糸井重里に質問に吉本隆明が回答。勢古氏の本と並んで、吉本入門として最適。「生きる」「友だち」「仕事」「理想の上司」「正義」「家族」などなど、話題はありとあらゆる範囲まで及んでいる。「結局、ほとんど全部の人は本当は友だちがゼロだと思うんです」とか、働くのがいいなんてウソだとか、素の吉本節を堪能できます。


名フレーズ
結論から言ったら、人間というのは、やっぱり二四時間遊んで暮らせてね、それで好きなことやって好きなとこ行って、というのが理想なんだと、僕は思うんだけど。
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by seikouudokunohito | 2012-03-16 07:48 | 読書案内 | Comments(2)

Commented by eegge at 2014-07-08 23:46 x
吉本に影響を与えた最も重要な思想が『実存主義』である。「大衆の原像」という概念は、生の充実を与えることのできない知の虚しさに対する批判であり、自戒から生れたということは周知の事実である。国民とは自分自身のことであり、現にここにこうして生きている実感がある、対して国家は見ることも触ることも出来ない、ただ概念としてあるのみである。しかし、概念を生き概念に生きる知識人にとって概念を完全に消し去ることはできない。そこで、吉本が考えた姑息な戦術が自己幻想→対幻想→共同幻想という「程度問題」の提示である。吉本は「国民は国家のために死ねない」といって国民の実在性にこだわるが、「国民は国民のために死ねない」、生身の人間が自殺することもまた至難であるということを忘れている。こんな中学生レベルの単純なロジックがわかってはいない。

「国民は国家のために死ねない」VS「国民は国民のために死ねない」、さて、どちらが真実なのか?

一体、日本の知はどうなっているのでしょうか?
Commented by eegge at 2014-07-08 23:50 x
吉本に影響を与えた最も重要な思想が『実存主義』である。「大衆の原像」という概念は、生の充実を与えることのできない知の虚しさに対する批判であり、自戒から生れたということは周知の事実である。国民とは自分自身のことであり、現にここにこうして生きている実感がある、対して国家は見ることも触ることも出来ない、ただ概念としてあるのみである。しかし、概念を生き概念に生きる知識人にとって概念を完全に消し去ることはできない。そこで、吉本が考えた姑息な戦術が自己幻想→対幻想→共同幻想という「程度問題」の提示である。吉本は「国民は国家のために死ねない」といって国民の実在性にこだわるが、「国民は国民のために死ねない」、生身の人間が自殺することもまた至難であるということを忘れている。こんな中学生レベルの単純なロジックがわかってはいない。

「国民は国家のために死ねない」VS「国民は国民のために死ねない」、さて、どちらが真実なのか?

一体、日本の知はどうなっているのでしょうか?

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