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司馬遼太郎の『故郷忘じがたき候』の嘘について  

2012年 05月 24日

以下の情報がある。



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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
     平成24(2012)年5月23日(水曜日)弐
         通巻第3658号
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 読者の声 どくしゃのこえ READER‘S OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)貴誌通巻第3656号(読者の声1)に対するコメントについて。司馬遼太郎の『故郷忘じがたき候』の嘘に関してですが、お示しの作品について詳細に論じたサイトが他にもありますので、紹介します。
http://qazx.blog.eonet.jp/docdoc/2010/04/nhk-4b88.html
引用された元のサイトは数年前にはありましたが、現在はなくなっています。次のサイトの文末には、原著者の紹介が書いてあります。
http://mimizun.com/log/2ch/history/1215790278/211-216
(none)


(宮崎正弘のコメント)いまも司馬遼太郎批判は、難しいところがありますよ。論壇、文壇のタブーですから。なにしろ文春、朝日、中央公論、産経の四社合同の「菜の花忌」って、なんだが談合じゃないですか?

# by seikouudokunohito | 2012-05-24 13:22 | 読書案内 | Trackback | Comments(0)

変見自在 サンデルよ、「正義」を教えよう   

2012年 05月 22日

変見自在 サンデルよ、「正義」を教えよう /高山正之/新潮社/2011

英米の植民地支配が、どれだけ悪意に満ちた、人道上問題があるものかを解説した本である。

英国によるビルマ支配
http://blog.livedoor.jp/wildhorse38/archives/51821935.html#

米国によるインデイアン支配、フィリピン植民地化、硫黄島攻撃
http://hanausagi2.iza.ne.jp/blog/entry/2453742/

本日は高山正之氏の最近刊から、硫黄島の話を紹介致します。硫黄島玉砕戦はもっとも取り上げられる機会の多いテーマですし、映画や本も多く、最近では青山繁晴氏の感動的な講演が話題になりました。私自身は西村眞悟氏が度々講演で語る、「擂鉢山に日章旗を二度にわたって掲げた無名兵士の英雄的行為を忘れるな!」の話が大好きです。こういう感動的なエピソードに事欠かないテーマも、高山氏の手にかかると、最後は痛烈な皮肉で締めくくるという「高山節」に変わるところが、氏ならではのキャラクターだと、にやりとしながら読んでいます。



変見自在ーサンデルよ、「正義」を教え

よう、は新潮社から好評発売中です。


 硫黄島の英霊をなおざりにした国会議員


ジャーナリスト 高山 正之  

 

 硫黄島は東京の南、千三百キロのところにある。
 南端の摺鉢山から北の端までたった八キロのこの孤島に二万一千人の将兵が拠って米軍と戦った。
 米軍の硫黄島上陸は昭和二十年二月十九日だった。


 彼らは前年秋からほぼ毎日、爆撃機を飛ばして爆弾を降らせ、上陸前には丸三日間、一万五千トンの砲弾を撃ち込んだ。
 「生き残りがいるとしても、その処分は五日もあればいいだろう」と米軍は思った。
 しかし上陸した米兵は正確な砲撃で片端から吹き飛ばされていった。

 最初の三日間で米側の損害は千七百人に達した。ノルマンディ上陸作戦のそれを上回る数字だった。

 ここを守る栗林忠道中将は地下に壕を巡らせ、将兵を潜ませ、砲も分厚いベトンで囲んだ上に砲台そのものを厚い土で覆って米軍の砲爆撃をしのいだ。
 上陸部隊を待っていたのはほぼ無傷の日本軍だった。


 ただその地下壕が凄まじい。今は海上自衛隊が管理する滑走路のすぐ脇に千田少将の壕が残る。垂直に三メートルの縦坑を降り、七メートルの急勾配の階段を下り、通路の先をまた数メートル降りたところに少将の部屋があった。
 壕内は地熱と水蒸気でじっとしていても汗が噴き出す。サウナに近い。


 実は硫黄島自体が活きている火山で、滑走路には噴出するガスを逃がす管が走り、間近に噴煙と熱水を噴き出す火口が望める。火山活動のため、島は年に一メートル近い隆起を続けている。
 別府温泉の地獄池の脇に地下壕を掘ったようなもので、千田壕では二年前、硫化水素が漏出して陸自の佐官が死亡している。


 栗林中将の壕も同じような熱気がこもる。正直、数時間でも耐えられるかどうかという感じだった。
 しかし二万一千人の将兵は米軍の予想を超えて一か月以上もここに拠って米軍を叩き続けた。

 飲み水もない、死に勝る苦痛に耐えて全将兵がなぜ戦い続けたのか。

 その理由を栗林中将が家族宛ての手紙に書き送っている。「ここを一日長く持たせれば(将兵の)家族が殺される日が一日先送りされる」



「異見自在ー世界は腹黒い」は

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 米国の戦法はインディアン討伐が原型だ。まず滅ぼす相手の糧道を断つ。それでバイソンを皆殺しにした。戦士が決起すると、それを避けて銃後の家族の方を襲って殺した。

 米国のフィリピン制圧も同じ手法だ。植民地支配に抵抗するアギナルド軍二万将兵とは戦わず、彼らの故郷の田畑を焼き払い、彼らの妻子二十万人を殺した。
 対日戦でもまず、屑鉄石油の禁輸で糧道を断ち、日本が決起すると、兵士の待つ戦場を飛び越えて日本本土をひたすら爆撃した。


 ただ、爆撃するB29はテニアン辺りから飛んだ。硫黄島からもう一千キロ南だ。直掩(ちょくえん)するP51ムスタングの航続距離の外側になる。

 B29は裸で日本に飛んだ。絶対落ちない「空飛ぶ要塞B17」は大戦劈頭に零戦にあっさり落とされた。もっと無敵にした「超空飛ぶ要塞B29」も屠竜や紫電改にばたばた落とされた。
 百二十機が迎撃機に撃墜され、地上砲火を入れると四百機近くがやられた。

 B29を守る直掩戦闘機を飛ばすにはどうしても硫黄島が必要だった。

 言い換えれば、ここが落ちれば直掩機を伴ったB29が好きに日本を焦土にできる。硫黄島守備隊はだから飲み水もない蒸し風呂壕に拠って一日でも長く戦い続けた。


 米軍はその壕に燐とガソリンを流し込んで兵士を焼き殺し、今の滑走路をその上につくった。二万将兵の半分がその下に眠る。


 天皇、皇后両陛下がそんな壕の一つを慰霊されたのは平成六年のことだ。それまで海自の宿舎に夜毎、兵士の叫び声や靴音が聞こえた。両陛下の慰霊のあと、それはぴたり止んだ。


 先日、社民党の照屋某らが普天間の追っ払い先にならないかと視察に来た。
 彼らはここが活きた火山島で、かつての戦場だったことを初めて知ってこりゃだめだとさっさと帰って行った。
 照屋らが壕を慰霊したとは聞いていない。輿石の推す教科書にはそんな歴史も作法も載っていないからだ。

              (変見自在 サンデルよ、「正義」を教えよう P79-P82、

初出 週刊新潮 二〇一〇年四月八日号)





他の引用サイト


伊丹空港が生んだ「たかりシステム」
http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/36184697.html

お前はどこの国の記者なんだ!
http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/36184697.html

朝日は変質者と変わらない
http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/36189197.html

白人が理解できない日本人の美徳
http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/36189197.html

ハーバード大の頓珍漢な教授
http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/36179234.html

# by seikouudokunohito | 2012-05-22 11:57 | 書評 歴史 | Trackback | Comments(0)

日本人として知っておきたい皇室のこと   

2012年 05月 21日

日本人として知っておきたい皇室のこと /中西 輝政 日本会議/PHP研究所/2008

第一章の中西輝政の執筆部分だけは一読の価値ありと思うし、この部分は、子や孫に語り伝えるべき内容と思う。

なお、この本と「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」をあわせて読むと理解しやすいと思う。以下は、参考書評サイトである。
http://www.eco.wakayama-u.ac.jp/ritornello/article.php?vol=16&num=6



内容紹介
天皇の系譜をたどれば神話にまで行きつく。その天皇が、日本国の繁栄と
国民の幸せを祈って日夜祭祀をなさっておられる。それゆえに、
天皇が日本という国家を体現し国民を統合する役割を果たせるのだ。
そのことを、われわれの天皇観の根底にしっかりともっておくことが何より大切なのである。

それはたんなる「文化」の営みではなく、大きな意味での政治そのものであり、
まさに国家を指導する営み(まつりごと)といわなければならない。
そして、これこそ古代につながる天皇の究極の存在理由である。
だからこそ皇室は尊いのであり、天皇のこの側面こそ、いま日本人が
いちばん忘れていることだと思う。

しかし、いまでもそのことに正しく気がつけば、おそらく日本人なら誰しも率直に感動し、
感謝の心が生じるはずである。
それが変わることのない「日本のこころ」であるからだ。
(第一章/中西輝政「日本人にとっての天皇」より)



下村衆議院議員のコメント

http://hakubun.jp/tag/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%84%E7%9A%87%E5%AE%A4%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8/
詳しくは『日本人として知っておきたい皇室のこと』(日本会議編、PHP研究所)という本に書いてあるのですが、私が感じたことだけ簡単に申し上げると、天皇陛下の最大のお役目というものは、国の、日本国の祭祀にある。まさに政治そのものも「祭りごと(政)」だけれども、日本国を祀っている祭祀長としてのお役目です。そして祭祀長としての最大の仕事が国内における新嘗祭、そして天皇がご即位後初めておこなう新嘗祭が大嘗祭です。天皇陛下は一年のなかで、私が知っているだけでも数十回はそういう祭祀としての仕事をされているし、実際はもっと、数百回近くはされているでしょうけれども、つまり日本の国家の安寧と、国民の平安を祈る、これを先頭に立ってされているわけです。そしてその一番の行事というのが新嘗祭だと思うのですね。その新嘗祭に接しまして、そのときまさに天皇陛下のご存在の有り難さというか、日本国の素晴らしさというものを感じました。

新嘗祭は天皇陛下が神様と一緒にその年の五穀豊穣の食事をお召しになる儀式で、白いベールに覆われた内部の出来事ですので、我々はそれを直接拝することはできません。とくに夜で電気もありませんから、厩みたいな暗いところに並んで、庭の焚き火の明かりをたよりに、はるか陛下のご様子を推測する他ありません。その時に我々の対応をしているのは、宮内庁の職員なのですが、天皇陛下のお手伝いをされているのは、いまの憲法下では制限がありまして、民間の宮司さん、そして一晩中薪をくべて焚き火を灯すのも民間の神社関係のボランティアの方なのです。しかし天皇陛下のお仕事は国家としてのお仕事なわけですから、それは皇室に仕える職員がしてもおかしくないのですけれど、それを分けてやっているのがそもそも寂しい想いが致しました。ともあれ、私は新嘗祭を目の当たりにすることで陛下の素晴らしさと、日本の神々のエネルギーの凄さを感じました。当日は11月の底冷えのする寒さで、コートを忘れて風邪をひいてしまった大臣もいましたが、冷気もさりながら霊気の凄さのようなものを感じました。

# by seikouudokunohito | 2012-05-21 08:54 | 書評 日本論・國體 | Trackback | Comments(0)

語られなかった皇族たちの真実  

2012年 05月 19日

語られなかった皇族たちの真実/竹田恒泰/小学館/2006


この本は、「女系天皇反対論」の核心を理解するうえで重要な本である。

竹田恒泰氏はこの分野については、非常に良く勉強しており、資料をきちんと読みこなしている。皇族の一員としての覚悟を持ち書いたことが伺え、男系による血のリレーの意味を考えるきっかけになる内容に仕上がっている。
東條英機首相と宮家との対決については、当時、どういう政治状況だったか、解説がある。
一読しておくべき価値がある本だと思う。


出版社/著者からの内容紹介
05年11月19日、朝日新聞に「旧皇族は皇籍復帰 覚悟を 竹田家男性、宮家役割著す」 という見出しで本書の刊行が報じら\\
れた。
以降、著者のもとには新聞、テレビ、雑誌などあらゆるメディアの取材が殺到した。
著者の竹田恒泰は、昭和22年、GHQの占領政策で皇籍を離れた十一宮家のひとつ竹田宮家の出身だ。祖父は「スポーツの宮様」と親しまれ\
た竹田宮恒徳王。父は日本オリンピック委員会会長の竹田恆和氏。
皇位継承問題に関して旧皇族の間では、「取材には一切応じない」旨の申し合わせがなされた。しかし、小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に\
関する有識者会議」の議論に疑問を感じた著者は、本書の執筆を決意した。本書の主な内容は以下の通り。
1【旧皇族とは? どういう生活を送っているのか?】
曾祖母は明治天皇の第六皇女・昌子内親王。祖父は東京・札幌の両オリンピックの招致に尽力し、「スポーツの宮様」と親しまれた竹田恒徳(戦\
前は竹田宮恒徳王)。父は、日本オリンピック委員会(JOC)会長の恒和。旧皇族の末裔として生まれた著者・竹田恒泰。彼はどのように成長して\\
きたのか。

2【歴史上3回あった皇統の危機をどう乗り越えてきたのか】
第25代武烈天皇崩御で訪れた最初の皇統の危機。室町時代に伏見宮家から皇統を繋いだ後花園天皇。そして、22歳で崩御した後桃園天皇には、\\
幼い内親王しか遺されていなかった。先人たちはどのように皇統を繋いできたのか。

3【8人の女性天皇はなぜ即位したのか
わが国史上、最初の女帝・推古天皇から八方十代の女帝が存在する。しかし、皇統の危機を理由に即位した女帝は存在しない。女性天皇の多く\\
は「中継ぎ」の役割を担ってきた。

4【皇室を支え続けてきた宮家とは】
宮家とは、皇統が危機を迎えた際に、その血を受け継ぐ「血の伴走者」としての役割を担う存在だ。常盤井宮、木寺宮、桂宮、閑院宮などの宮\\
家から幕末から明治にかけて創設された宮家の果たした役割を検証。

5【皇族は太平洋戦争とどう向き合ったのか】
戦前、男子皇族は軍人となるのが慣わしだった。暴走する軍部に抵抗を試みた皇族、最前線への配置を志願する皇族、そして戦地で非業の死を\\
遂げた皇族出身者たち。皇族たちにも戦争のドラマがあった。

6【戦争の終結に宮家が果たした役割とは】
終戦の8月15日を経ても、すべての軍隊が鉾を収めたわけではなかった。昭和天皇に命じられた宮家皇族たちは戦地に飛び、現地司令官らの説得\
に当たった。
戦史上稀にみる迅速な武装解除の裏で皇族たちは大きな役割を果たした。

7【なぜ、十一宮家は、皇籍離脱をしなければならなかったのか】
終戦後、GHQによって皇族縮小政策がとられた。自ら、臣籍降下を唱える皇族。反対する皇族。皇族たちの意見は分かれた。皇籍を離脱するそ\
の日、昭和天皇が旧皇族たちにかけた御言葉とは。

8【皇室典範改正問題で旧皇族男子に芽生えた責任感】
平成の今日、史上4回目の皇統の危機を迎えている。小泉首相の私的諮問機関「皇室典範を考える有識者会議」はわずか十数回の議論で約2000年\
続いてきた皇室の伝統、そして文化をいとも簡単に変えようとしている。皇室の歴史を振り返ってきた著者が、自身の覚悟を語る。

# by seikouudokunohito | 2012-05-19 18:37 | 書評 日本論・國體 | Trackback | Comments(0)

佐藤優には失望した  

2012年 05月 18日

保守の人が好むテーマで何かと難しい本を書いてきた佐藤優であるが、私は、これらの動画を見て、佐藤優の本についての評価が一変した。

・100425佐藤優氏講演3.flv
http://www.youtube.com/watch?v=cfuugfojXDw&feature=fvwp&NR=1
「北教祖と小林議員がヒドイ目に合わされています」と発言。

・TPPは大東亜共栄圏 佐藤優10月21日
http://www.youtube.com/watch?v=_D0TDwwkl54&feature=related
野田首相の韓国訪問を絶賛している。

・佐藤優特別講演会・天皇論4-3 小沢の恐ろしさはボルシェビズム
http://www.youtube.com/watch?v=-QSMqPInY54&feature=related
ソ連の組織にたとえた説明が鼻につく。

・佐藤優 鳩山総理は決断の専門家 2010-03-27
http://www.youtube.com/watch?v=ILZUHmC-LtI
・佐藤優特別講演会・天皇論3-1鳩山由紀夫研究 吉野の後醍醐陵へ
http://www.youtube.com/watch?v=aBvX_w8SVYA&feature=related
意味のない鳩山由紀夫有能論を展開。

全般的な印象だが、何か復讐したい対象のために言論活動しているような気がしてならない。

本来の書く目的とは、別の動機によって執筆活動をされていると判断したので、私は、二度と佐藤優の本を読むことはないだろう。

# by seikouudokunohito | 2012-05-18 20:50 | 読書案内 | Trackback | Comments(2)

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